The Narrow Road of OKU 改訂の跡をたどる

PART (宮城野~塩竃

 

19. The fields of Miyagino 宮城野

 

【原文】
名取川を渡つて仙台に入る。あやめふく日也。

【第二訳】
When we crossed the Natori River and entered Sendai, it was the day that they celebrate by covering their roofs with irises

【最終訳】
We crossed the Natori River and entered Sendai. It was the day they celebrate by covering their roofs with irises.

GSQ
第二訳はwhen節ですが、最終訳は二つの独立文に変えています。そちらの方が行動の時系列的叙述にふさわしいということでしょうか。

SUA
Whenが余計
だったということでしょう。「川を渡って仙台に入った。ちょうど、家々であやめを軒にふく五月の節句である。」で、二つの文を繋げる必要性は全くありませんし、簡潔なほうが良いので。

 

【原文】
旅宿をもとめて、四、五日逗留す。

【第二訳】
We found an inn and stayed four or five days,

【最終訳】
We found an inn where we stayed four or five days,

GSQ
原文は必ずしも宿に逗留したという意味ではなくその宿場に逗留したということだと思います。わざわざwhereでinnに限定する必要があるのでしょうか。

SUA
キーン氏はその宿に逗留したと判断していますね。当時は飯が不味いとか温泉がもう一つ等の理由で宿を替えることはしなかったでしょう。その地で芭蕉一行に会うために宿を訪れる人もいたでしょうから、同じところに居た方が都合が良い。

 

【原文】
聊か心ある者と聞きて、

【第二訳】
I heared he was a person of taste and got to know him.

【最終訳】
I heared he was a person of some taste, and got to know him.

GSQ
someを付け加えた意味はどこにあるのでしょうか。

SUA
「いささか」をsome(多少の)
としたわけです。

 

【原文】
この者、「年此さだかならぬ名どころを考へ置き侍れば」とて、一日案内す。

【第二訳】

He told me that for years he has been tracing places mentioned in poetry whose whereabouts are now unknown, and spent a whole day showing some to me.

【最終訳】

He told me that for years he has been tracing places mentioned in poetry whose whereabouts were now unknown, and he spent a whole day guiding me to them.

 

GSQ
are→wereは間違い修正ですか。また後の文に主語heを明示していますが、こうしないと、that節の続きになってしまいそうですね。

SUA
時制は統一しないといけません。第二訳はミスです。

GSQ
第二訳ではshowing some to meですが、最終訳ではguiding me to themで「案内す」に忠実になっています。第二訳のままではまずいですか。

SUA
Showは連れて案内するで、田舎から来た親戚を案内する感じ
Guideは詳しい人が案内するです。加右衛門さんは、聊かこころある者ですから、guideがよりふさわしいです。なかなか隅々まで気を遣って訳しています。

 

【原文】
宮城野の萩茂りあひて、秋の気色思ひやらるゝ。

【第二訳】
The fields of Miyagi were “thick with clover,” and I could imagine how lovely they would look in autumn.

【最終訳】
The fields of Miyagi were thick with clover, and I could imagine how lovely they would look in autumn.

GSQ
第二訳は“”の引用符がついています。古歌から引いたと考えたのでしょうね。実際にはどうだったのでしょうか。原文からは引用したというには読めませんね。

SUA
引用だったら、「百代の過客」だって立派な引用ですから、原文には関係ないでしょう。いずれにせよ、英語の世界からの引用とも考えにくいので、なぜ引用符を付けたかは不明で、とにかくキーン氏もそう見做したわけです。

 

【原文】
玉田・よこ野、つゝじが岡はあせび咲くころ也。

【第二訳】
Now was the time when rhododendrons were blooming in Tamada, in Yokono, and on Azarea Hill.

【最終訳】
This was the season when andromeda blooms in Tamada, in Yokono, and on Azarea Hill.

GSQ
rhododendronsはシャクナゲですね。ちゃんと調べなおしたのでしょうが、最初はどうして間違ったのでしょうね。第二訳のNow~were bloomingはちょっと変に感じます。いい表現ではないのですか、これは。

SUA
Rhododendronは学名ですよ。英語国民だってピンとこないでしょう。また、最終訳のandromedaもツツジ科の灌木の総称ですね。一般的にはazaleaの方が相応しいのでは。しかし、ツツジは欧米では珍しく、いずれにせよ、辞書を引かないと分からないでしょう。また、This was the season whenの後に続く文として進行形はふさわしくないでしょう。

 

【原文】
日影ももらぬ松の林に入りて、

【第二訳】
We went into a pine forest which grew so thickly that sunlight could not penetrate the branches.

【最終訳】
We went into a grove where pines grew so densely that sunlight could not penetrate.

GSQ
林をforestと訳すか、groveとするかでしょうが、どちらがいいのでしょうね。後ろの方の訳語もそれで決まるかと思うのですが。Forestとgroveの違いがわかりません。

SUA
林と森の違いですね。江戸時代に旅人はうっそうとした森には入らないでしょう。日本の人家を囲む原風景は里山ですから、林がいいと思います。

 

【原文】
爰を木の下と云ふとぞ。

【第二訳】
This they call Under-the-Trees.

【最終訳】
They call this place ”Under-the-Trees.”

GSQ
最終の方が変に凝ったところがなく、よさそうに感じます。

SUA
最終は丁寧にこの場所はとしているだけで、基本的には両方ともストレートな訳です。

 

【原文】
昔もかく露ふかければこそ、「みさぶらひみかさ」とはよみたれ。

【第二訳】
It is because the dew fell thickly in former times too that the poet wrote, “Samurai, tell your lord to take his umbrella!”

【最終訳】
It must be because dew was just as heavy in the old days than the poet wrote, “Samurai, tell your lord to take his umbrella!”

GSQ
原文は推量なので第二訳よりも最終訳がいいですね。

SUA
それよりも、thicklyが問題で、単純に訳すと「濃く」になり、霧が濃いならともかく、液体化したdewの表現としては不適切で、heavy dewとしたのでしょう。

 

【原文】
薬師堂・天神の御社など拝みて、其の日はくれぬ。猶、松島・塩がまの所々画に書きて送(贈)る。且、紺の染め緒つけたる草鞋二足餞す。

【第二訳】
We spent one day visiting the Hall of the Healing Buddha, the Amatsu Shrine, and other holy places, Kaemon presented me with sketches of Matsushima, Shiogama and other celebrated spots along our route, and also the parting gift of a pair of straw sandals with dark blue cords.

【最終訳】
We spent one whole day worshipping at the Hall of the Healing Buddha, the Tenjin Shrine, and other holy places. Kaemon presented me with sketches of Matsushima, Shiogama, and other famous places along our route, and with farewell presents of two pairs of straw sandals with dark blue cords.

GSQ
第二訳は一文が長すぎますね。二足の草鞋を第二訳ではa pair of straw sandals、すなわち一足に間違えているのも微笑ましいです。ちゃんとtwo pairs ofに修正されています。いろいろ細かなところが改訂されていますね。特に注意しておかなければならない改訂箇所はありますか。

SUA
この文では、visitingではなくworshippingとしているのが大きな違いでしょう。もちろん、芭蕉は観光気分で訪れたわけではなく、「拝みて」なので、worshipとしなければなりません。「其の日はくれぬ」をspent one whole dayとしたので、その後が簡潔になったわけです。

 

【原文】
風流のしれもの、爰に至りて其の実を顕す。

【第二訳】
Such attentions showed him to be a person of true refinement.

【最終訳】
These gifts showed him to be a person of exceptional taste.

GSQ
第二訳は気配り、最終訳では物になっていると読んでいいですか。両者かなり訳が違うようにも、同じようにも感じますが、文としてどうなんでしょうか。

SUA
英語国民には「気配り」などと遠回し
なことを言わず、物で示すべきと考えたのでしょう。私はattentionで良かったと思います

 

【原文】
あやめ草足に結ばん草鞋の緒。

【第二訳】
Ayame Kusa 
Ashi ni musuban 
Waraji no o

I will bind iris
Blossoms around my feet――
Cords for my sandals!

【最終訳】
 I will bind iris
 Blossoms round my feet――
Cords for my sandals!

GSQ
aroundとround、どう違うのですか。

SUA
Roundの方が意味の範囲が大きく、形容詞、動詞、副詞、いろいろな意味に用いられますが、aroundは基本的には副詞で、「ぐるりと」巻く場合はこちらの方が適切です。ちなみに、名曲、'Round About Midnightはaroundのaを省略していて、実際はaroundです。

 

20. The Tsubo monument 壺の碑

 

【原文】
かの画図にまかせてただり行けば。

【第二訳】
We continued on our way, following a map that Kaemon had thrown for us.

【最終訳】
We continued on our way, following a map Kaemon gave us.

GSQ
第二訳のthrowよりgiveを使った方が実景に近いのかと思います。時制は大過去と過去、どちらが正しいのですか。

SUA
いずれにせよ、第二訳のthrownは間違いで、実際はdrawn、つまり、drawで、加右衛門が「描いてくれた」と読んだのではないかと思います。Throwだと「放り投げた」になってしまいます。

 

【原文】
おくの細道の山際に十符の菅有り。

【第二訳】
At the foot of the mountains which border the narrow road of Oku, the famous To sedge was growing.

【最終訳】
At the foot of the mountains that border the Narrow Road to Oku, the famous Tō sedge was growing.

GSQ
われわれが習った学校英語では、whichでもthatでも同じだとされていました。わざわざwhichをthatに改訂しているのはなぜでしょうか。

SUA
thatの後に続く文は不可欠な情報
、whichの場合はさほど重要でない事柄ということで、border the narrow road to Okuは山々の属性として大事なものであると認識しているわけです。

 

【原文】
今も年々十符の菅菰を調べて国守に献ずと云へり。

【第二訳】
They say that even now the people of the district present the governor every year with mats made of it……(省略記号があるが、省略箇所はない)

【最終訳】
They say that even now the people of the district present the local daimyo with mats woven of this sedge.

GSQ
最終訳には「年々」が欠落しているのですが、明示しなくてもわかるということでしょうか。

SUA
Present the local daimyo,つまり献上しているということで、意は通ずると思ったのでしょう。さすがに菅菰の献上は半年に一回でも無理でしょう。収穫物ですからね。

 

【原文】
壺碑  市川村多賀城に有り。

【第二訳】
The urn-shaped monument stands at Taga Castle in the village of Ichimura.

【最終訳】
The Tsubo monument stands at Taga Castle in the village of Ichikawamura.

GSQ
「壺の碑」の写真を見ましたが、縦長長方形で壺と言えば壺、そうでないと言えば違うように見えます。曖昧ですので、urn-shapedをやめたのでしょうね。市川村を市村と間違っているのも微笑ましいですね。

SUA
第二訳では、実物を見ずに翻訳したのでしょう。見ていたら、「壷の形の」とは訳せなかったに違いない。改訳の必要性を感じたのも当然ですな。

 

【原文】
つぼの石ぶみば、高さ六尺余、横三尺計歟。

【第二訳】
It is over six feet high and about three feet wide, I should imagine.

【最終訳】
It is over six feet high and about three feet wide, I imagine.

GSQ
第二訳のshouldはどういうニュアンスだったのでしょうか。

SUA
「強いて言うなら」という感じになって、「歟」のニュアンスとは違います
ね。

 

【原文】
苔を穿ちて文字幽か也。

【第二訳】
An inscription can faintly be seen underneath the moss incrustation.

【最終訳】
When I scraped away the moss covering the stone, an inscription could faintly be seen underneath, …… .

GSQ
これは「ドナルド・キーン訳『松尾芭蕉:おくのほそ道』を読むーQ&A」の質疑で、私が「原文は苔が凹み、その下に文字が読める、という意味ではないか」と疑問を呈したところです。この第二訳を見ると、キーンさんも最初は、そう読んだのではないでしょうか。最終の指で苔をはがしてという方が正しいだろうとは思いますが。

SUA
「苔を穿ちて」はあきらかに苔を剥がす動作ですが、芭蕉の行いとしてはちょっと乱暴であり、「苔を抉るように幽かに見え」という解釈もあるようです。また、「苔が邪魔して文字が幽かにしか見えない」という解釈もあり、やはり、この点第二訳の方が良いと思います。

 

【原文】
四維国界之数里をしるす。「此城神亀元年、按察使鎮守符将軍大野朝臣東人之所置也。天平宝字六年、参議東海東山節度使、同将軍恵美朝臣あさかり修造而。

【第二訳】
It records the distance to various far-off parts of the country and then adds, “This castle was built in 724 by Ono-Asomi Azumabito, Inspector and Governor General, and repaired in 764 by Emi no Asomi Asakari, Councilor, Commanding General of the Eastern Sea and Eastern Mountain district, and Governor General .

【最終訳】
……recording the distance to all corners of the country. It adds, “This castle was built in the first year of Jinki[724] by Ōno ason Azumahito, Inspector and Governor General, and repaired in the sixth year of Tempyōhōji[762] by Emi no ason Asakari, Councillor, Commanding General of the Eastern Sea and Eastern Mountain district, and Governor General.

GSQ
第二訳のvarious far-off parts of the country をall corners of the countryに改訂されているのは納得できますね。その他は個々に見るのも面倒です。

SUA
All cornersで「国の至るところ」と正しく表現されており、various far-off partsのようにくどい訳よりもはるかにいいです。

 

【原文】
十二月朔日」と有り。聖武皇帝の御時に当たれり。

【第二訳】
First day of the two of the twelfth moon.”

【最終訳】
First day of the two of the twelfth moon.” This was in the rein of Emperor Shōmu.

GSQ
第二訳の聖武以下の文、外国人には不要と見たのですかね。

SUA
天皇の治世や事績で年月の経過を語る当時の人々を考えたら、オミットはできないと思いますが。Marchをthird month of yearとしたのと同じです。

 

【原文】
今眼前に古人の心を閲す。

【第二訳】
I felt as if I were looking into the minds of the men of old.

【最終訳】
I felt as though I were looking into the minds of the men of old.

GSQ
これも学校英語ではas if=as thoughと習ったと思いますが、わざわざ改訂するような必要があるのですか。

SUA
As ifも as thoughもほぼ意味は同じですが、前者は「ありえない」というコノテーションがあります。「古人の心を閲す」ことは芭蕉くらいの人であれば可能なことで、表現を緩めたのでしょう。

 

【原文】
行脚の一徳、存命の悦び、

【第二訳】
“This,” I thought, “is one of the pleasures of travel and living to be old.”

【最終訳】
“This,” I thought, “is one of the pleasures of travel and of living to be old.”

GSQ
キーンさんは「徳」と「悦」をplesuresにまとめていますので、ofはあっても無くても同じになってしまいます。やはり「徳」は訳し分けた方がいいように感じます。

SUA
そうでしょうね。「行脚の一徳」は「長旅をしたおかげ」であるときちんと訳すべきだと思います。

 

【原文】
羇旅の労をわすれて、泪も落つるばかり也。

【第二訳】
I forgot the weariness of my journey, and was moved to tears for my joy.

【最終訳】
I forgot the weariness of my journey and was moved to tears by my joy.

GSQ
それほど改訂が必要だとも感じませんが。

SUA
andの前にカンマを置くと、当然ながら、文章が切れます。「旅の労を忘れ、そして」という感じで、違和感がありますね。最終訳は、「旅の労を忘れ、涙も」という感じです。

 

21. The Mountain called Pine-to-the-End 末の松山

 

【原文】
それより野田の玉川・沖の石を尋ぬ。

【第二訳】
We next visited the Tama River of Noda, and Rock-off-the-Shore, places celebrated in poetry.

【最終訳】
We next visited the Tama River of Noda, and Rock-off-the-Shore, places known from poetry.

GSQ
celebrated in poetryは原文にない説明ですが、最終ではknown from poetry.に変わっています。celebratedは過剰説明と思ったのでしょうか。

SUA
確かに過剰で、known fromすなわち「詩歌で知られている」とするほうが自然です。

 

【原文】
末の松山は、寺を造りて末松山といふ。

【第二訳】
There is a temple on a mountain called Pine-till-the-End.

【最終訳】
On the mountain called Pine-till-the-End there is a temple with the same name.

GSQ
最終訳は巧妙に訳されていますが、原文には忠実に改訂されているようですね。

SUA
第二訳は「末松山という山の上に寺がある」というだけのもので、不十分なものです。

 

【原文】
松のあひゝゝ皆墓はらにて、はねをかはし枝をつらぬる契りの末も、終にはかくのごときと、悲しさも増りて、

【第二訳】
When I saw that the ground between the pines was filled with graves, I was overcome by sadness at the thought that even the most enduring pledge of devotion between husband and wife must come to this.

【最終訳】

When I noticed that the ground between the pines was filled with graves, I was overcome by sadness at the thought that even the most enduring pledge of devotion between husband and wife must come to this.

GSQ
なぜsawではいけないのでしょうか。

SUA
seeでは目に入っただけですよ。松林の中にある墓ですから、それなりに目を凝らさないと見えなかったでしょうし、最終訳は、松の間にたくさんの墓があるのに「気付いた」とも読めます。

 

【原文】
塩がまの浦に入相のかねを聞く。

【第二訳】
Then, as I reached the Bay of Shiogama, I heard the evening bell toll its message of evanescence.

【最終訳】
Then, as I reached the Bay of Shiogama, I heard the vesper bell toll its message of evanescence.

GSQ
これも前回の質疑で無常の「入相のかね」ということでした。ヴェスペレという宗教を連想させる用語に改訂されているのも納得します。少々カソリック臭くなるような気もしますが。

SUA
「晩鐘」から感じる者は仏教徒でもキリスト信者でも同じだと思ったのでしょう。

 

【原文】
蜑の小舟こぎつれて、肴わかつ声ゞゝに、

【第二訳】
Little fishing boats were rowing towards the shore, and I could hear the voices of the fishermen as I they divided up the catch.

【最終訳】
Little fishing boats were rowed towards the shore, and I could hear the voices of the fishermen as I they divided up the catch.

GSQ
rowingをrowedに変えてどうニュアンスが変わるのですか。

SUA
浜辺から漕ぎ寄せてくる船を見るわけですから、視線が浜辺から船に向かうrowedの方が良いですね。

 

【原文】
「つなでかなしも」とよみけん心もしられて、いとど哀れなり。

【第二訳】
I thought to myself with pleasure, “Now at last I understand the poem
Michinoku wa   
Izuku wa aredo 
Shiogama no  
Ura kogu fune no  
Tsunade kanashimo    

In Michinoku
Every place has its charm
But Shiogama
When the boats are rowed to shore
Is most wonderful of all.”

【最終訳】
I thought to myself with pleasure, now at last I understand why the poet wrote: “when rowboats are pulled to shore is most wonderful of all.”

GSQ
第二訳は原文にはない「つなでかなしも」の歌全体を掲載しています。これがないと理解不能と見たのでしょうね。「かなし」のwonderful、「哀れ」のpleasure、難しいことでしょうが、やはり少々情感が物足りなく感じます。

SUA
「哀し」は英語だとpatheticになってしまいます。この辺の訳はいたしかたない。

 

【原文】
其の夜目盲法師の琵琶をならして、奥上るりと云ふものをかたる平家にもあらず、舞にもあらず、

【第二訳】
That night I listened a blind musician play the lute and chant north-country ballads which were quite unlike the usual war tales or dance-songs.

【最終訳】
That night I listened a blind magician play the biwa and chant north-country ballads .They were quite unlike the usual war tales or dance-songs.

GSQ
これも前回問題にしましたが、最終訳のmagicianは校正ミスでしょうね。それとも何か改訂せざるを得ない理由ってありますか。

SUA
musicianが正しいです。琵琶法師は法体ですが、坊さんではないし、ましてやmagicianに該当する「傀儡子」でもないでしょう。

 

【原文】
ひなびたる調子うち上げて、枕ちかふかしましけれど、さすがに辺土の遺風忘れざるものから、殊勝に覚えらる。

【第二訳】
The sound of his high-pitched countrified voice close to my pillow was distressing, but it gave me a special satisfaction to think that the traditional way of reciting the old ballads had not been forgotten in this remote place.

【最終訳】
The sound of his high-pitched countrified voice close to my pillow was distressing, but it gave me special satisfaction to think that the traditional way of reciting the old ballads had not been forgotten in this remote place.

GSQ
冠詞「a」を削除していますが、適切ですね。

SUA
冠詞を付ける場合もありますが、この場合は、なしでいいでしょうね。

 

22. Shiogama 塩竃

 

【原文】
国守再興せられて、宮柱ふとしく、採椽きらびやかに、石の階九仞に重なり、

【第二訳】
As rebuilt by the governor of the province, the shrine has imposing pillars, brightly painted rafters, and flight upon flight of stone steps.

【最終訳】
As rebuilt by the governor of the province, the shrine has imposing pillars, colorfully painted rafters, and flight upon flight of stone steps.

GSQ
「きらびやか」の訳はbrightlyが正しいのでしょうが、それだと金銀に塗られているように感じます。colorfullyは赤でしょうが、原語の「きらびやか」は赤でも使えるのでしょうね。

SUA
colorfulは「色彩に富んだ」ですから、単色ではない
はず。色彩鮮やかなのです。今の建物を見ると、赤が基調で、金、そして緑もありますね。

 

【原文】
朝日あけの玉がきをかゞやかす。

【第二訳】
The morning sun was shining brilliantly on the vermillion lacquered fence around the shrine.

【最終訳】
The morning sun was shining brightly on the vermillion lacquered fence around the shrine.

GSQ
brilliantlyとbrightlyではどういうニュアンスに違いがあるのでしょうか。

SUA
brilliantlyはbrightlyよりも強く輝くということです。輝きの強さに差があります。birilliantlyでは輝きが強すぎると思ったのでしょう。brightは「明るい」で、確かに、朝は、the Sun shines brightly.でなければ

 

【原文】
かゝる道の果て、塵土の境まで、神霊あらたにましますこそ、吾が国の風俗なれと、いと貴けれ。

【第二訳】
I was profoundly impressed by the fact that it was the custom of our country to have shirines which contain the miraculous manifestations of the gods in such remote places, at the very end of the world.

【最終訳】
I was profoundly impressed to think that it was typical of our country for the miraculous manifestations of the gods to have occurred in so distant a place, at the very end of the world.

GSQ
第二訳のshirines which contain the miraculous manifestationsはちょっと違和感がありますね。最終訳はずっと自然な訳に感じます。

SUA
containは基本的に内包すると言う意で、まあ、わからないことはないが、確かにこういう場合にあまり使いませんな.違和感が確かにあります。そういう意味では、第二訳のthe custom of も typical ofに変えて正解です。

GSQ
such remote placesとso distant a place、remoteとdistantはどう違いますか。またplaceが複数から単数に改訂されています。もちろんこの塩竃一か所の話なので最初の訳は間違いなのですか

SUA
distantは距離的に離れたということですが、remoteには孤立した、辺鄙なという意があり、私は第二訳のremoteのほうが良いと思うのですが。so distant a placeで、「こんなに離れた場所で」とストレートな訳にしたのですな。もちろん、塩竃一か所の話なので、単数が正しいです。

 

【原文】
神前に古き宝灯有り。

【第二訳
In front of the shrine there is an old iron lantern.

【最終訳】
Before the shrine is an old iron lantern.

GSQ
どうしてIn front ofではいけないのでしょうか。

SUA
物理的に前ですから、in front ofの方が適切
だと思いますが、やや説明的すぎると思い、音がより強いBeforeを置いたのでしょう。

 

【原文】
かねの戸びらの面に、「文治三年和泉三郎寄進」と有り。

【第二訳】
A metal door bears the inscription, “Presented by Izumi Saburō in 1187.”

【最終訳】
A metal door bears the inscription, “Presented by Izumi no Saburō in the third year of Bunji[1187].

GSQ
改訂は適切でしょうが、気になることがあります。原文の文治三年和泉三郎寄進ですが、よく記念碑などに「〇〇〇〇建之」という書き方がされています。原文は「和泉の三郎、寄進す」ではないのでしょうか。訳は宝灯が主語になっていますが。

SUA
「寄進す」はpresented byになっていますし、このままでまったく問題はありません。

 

【原文】
五百年来の俤、今目の前にうかびて、そゝに珍し。

【第二訳】
It was strange how these words evoked for me scenes of five hundred years ago.

【最終訳】
It was strange how these words evoked scenes of five hundred years ago.

GSQ
第二訳のfor meはなぜついているのでしょうか。不要だから切ったのだとは思いますが。

SUA
「私にとっては」と限定的に述べる場合は、for meを付けることもあるでしょうが、この場合はまったく必要がないです。

 

【原文】
渠は勇義忠孝の士也。佳名今に至りて、したはずという事なし。

【第二訳】
Izumi was a brave and loyal warrior whose fame has lasted down to our time, and he has universal esteem.

【最終訳】
Izumi was a brave and loyal warrior whose fame has lasted down to the present; there is no one who does not hold him in esteem.

GSQ
原文は「人々、したはずという事なし」ですので、最終訳が正しいですね。

SUA
もちろんです。our time をthe presentにしたのも適切です。timeを生かすなら, this timeとすべきだったのでは。

 

【原文】
誠に「人能く道を勤め、義を守るべし。名もまた是にしたがふ」と云へり。

【第二訳】
As it has been trully said, “A man should follow the ways of virtue and be faithful to his duties. Fame will then follow of itself.”

【最終訳】
It has been trully said, “A man should practice the way and maintain his righteousness. Fame will follow of itself.”

GSQ
こういうところの訳は本当に難しいだろうと思います。「道を勤め」の第二訳follow the ways of virtueと最終訳のpractice the way、「義を守る」の第二訳be faithful to his dutiesと最終訳のmaintain his righteousness、ともにどちらがいいか、全くわかりません。儒教的なものを知らない人には第二訳の方がわかりやすいか程度には感じますが。

SUA
「義」は正しいこと、正しい行いですから、righteousnessは適切な訳です。「己の義務に忠実であること」は「義」を義務と見做したのではないかと。道については、「人が守るべきルール」であるとすれば、第二訳の方が適切です。

 

【原文】
日既に午にちかし。

【第二訳】
It was already about noon.

【最終訳】
It was already close to noon.

GSQ
aboutだと、正午の前か後かわからないですね。

SUA
その通りですね。正午前ですからね。しかし、当時のことですから、正午前だか過ぎだか、この点アバウトなものだったでしょう。洒落ではありませんが。

 

(PartⅢ 松島~尿前の関に続く)