ドナルド・キーン『おくのほそ道』改訂の過程 その目的

 

■『おくのほそ道』の改訂プロセス

 ドナルド・キーン氏はその『おくのほそ道』の英訳の改訂過程について、講談社学術文庫の前書きで、次のように記しています。

 私が『おくのほそ道』を最初に翻訳したのは、確か1946年か1947年頃でした。私がコロンビア大学の大学院生だった頃……私は自分の翻訳にかなり満足していましたが、友人たちの反応は逆でした。……私の翻訳は、芭蕉の言葉をそのまま伝えてはいなかったからです。……
 幸運にも、その翻訳は出版されませんでした。その後、ケンブリッジ大学で教鞭をとっている間に二度目の翻訳の機会に恵まれ、大幅に改訂されたものが出来上がりました。1955年に出版した『Anthology of Japanese Literature(日本文学選集)』には、この翻訳から抜粋したものを引用しており、1996年に出版された第三版にも部分的に使用してます。そして2006年の今現在に至って、さらにまた一部に改訂を施しました。

 すなわちキーン氏は『おくのほそ道』英訳を3回改訂しているのです。現在われわれが容易に入手できるのは、『Anthology of Japanese Literature』に収録されている第二訳の抜粋版と、講談社学術文庫の第四訳、すなわち最終訳のふたつです。幸いに、初訳は大学院生の習作的性格のものですし、第三訳は、上記前書きから判断して、第二訳と最終訳の中間的な性格のものです。したがって、現在入手可能な第二訳と最終訳を比較することによって、キーン氏の改訂過程のほぼ全体像を知る事ができるはずです。

                                

      左:第二訳が収録されている『Anthology of Japanese Literature』 右:最終訳の講談社学術文庫

■改訂過程を見ることの意味

 われわれは、第二訳と最終訳を比較検討することによって、キーン氏のいう「芭蕉の言葉をそのまま伝える」翻訳がどのように実現していったか、そのプロセスを理解することができると考えます。それと同時にキーン氏が芭蕉の言葉をどう理解していたか、ということも併せて確認することができるでしょう。ただ、現在入手できる第二訳が抜粋であることが残念ですが、これは仕方ありません。
 この検討作業によって、キーン氏が初期の英語の語句に対し、どう芭蕉の意図が表現できていなかったと考えているのか、を読み取ることができると同時に、芭蕉の原文自体がどう解釈されていたのか、さらにわれわれ自身の『ほそ道』への理解をさらに深めることに役立つだろうと確信しています。

■表示等について

 表示は原文、第二訳、最終訳を並べて表示し、改訂されている箇所を赤字で表示しました。質疑は、従来通り、GSが質問しSUに答えるという形をとっています。
 

(PartⅠ 百代の過客~仏五左衛門へ)