このラルゲットの構成は前のアレグロが複雑であるのと同程度に単純である。それは、リフレイン-abe;近親短調のクプレ;リフレインの最初のパートの回帰-a;下属調でのクプレ;3度目のリフレインの回帰、全体-aba;短いコーダ、となっている。それぞれのクプレの構成は類似しており、2つの4小節フレーズ、オーケストラが提示、独奏が反復し変奏、さらに第2クプレは4小節の総奏のブリッジでリフレインに直接つながる。

 情感もその構成と同様に込み入ったものでないように見えるが、それは安らぐ複雑な魂の単純さであって、巧まざる単純さでは決してない。旋律の美しさと言うものはどのような分析も受け付けないのだが、このリフレインの美しさは分析を嘲ること甚だしい。ただ言えることは、波のように揺れ動く伴奏が歌の魔力を増し、総奏がそれを取り上げた時にそれがより際立つということである。主題は初めて耳にするとどうしようもないほど対称的なものに思われるが、実は、4小節目に驚きの要素が入っているのだ。最初の2小節の律動的なモチーフと旋律的で表情豊かなモチーフの聴きなれた対立に耳がなじみ、純粋に律動的な第3小節の次に歌うようなフレーズを期待するのだが、最後の小節にはそれ以上に律動的な小節が続くのである(譜例336)(原注1)1この(原注1)は本文内容についての注ではなく、譜例336についての補足説明である。「2度目のピアノの主題提示」とあるが、これはリフレインの第2部であり、「主題後半の提示」が正しい。。しかし、これだけがその秘密のすべてではないのだが、初めてそれを明らかにしたとの権利は主張しないでおこう。主和音―属和音―主和音―属7の和音―主和音―のこの使い古された進行からこれほどの美しさが作り出されたことはこれまで一度もなかったのである。

(原注1)2度目のピアノの主題提示での変イ音からナチュラルでのイ音への移行(17小節)、そしてその後のすべての場合でこれが認められるだろう。

 リフレインの第2部は独奏に用意されたものだが、それは単なるスケッチで、ピアニストは全力でそれを埋めなければならない。それを譜面のままに演奏することはモーツァルトの名声2モーツァルトが即興の名手であったこと、その名声のことを意味するものと思われる。に背くことなのである。それが楽章の終わりで再帰する時には、独奏者は己の想像力を駆使して2回目の装飾を行わなければならない。

 リフレインが一旦提示され終わると、経過部もなくハ短調へと入っていく。第1楽章が終わってからあまりにも短いため、これはその回帰のように感じられ、新しい調に入ったというより、この作品の基幹の調を再発見するのだ。アレグロのすばらしいパートのように、このクプレは悲歌的な曲調を有し、フルートとピアノの上昇アルペジオ3この部分ではピアノは沈黙しており、「フルートとピアノの上昇アルペジオ」は「フルートの上昇アルペジオ」の間違いと思われる。はアレグロの再現部でのピアノのエコー、譜例3274譜例327が再現部で再生された時に付加されたピアノの上昇アルペジオ(第421、423、425~426小節)のことである、を思い起こさせる。それは木管セレナーデの断片であり、オーボエとフルートが旋律を共有あるいは共にそれを豊かにし、そして陽気なバスーンのパートが高音楽器から最高ともいえる部分を借りてくる(譜例337)。弦は、ピアノが木管の導きにしたがってそれが提示したものを変奏する時に、それを支えることに専念する。ここで、モーツァルトがいかに巧妙に、一見して形式的な装飾に過ぎないものに表情豊かな美しさを与え、また、飾るという手段を介して深い情感を表現できたか、を目の当たりにするのである。

 リフレインの4小節の後、明らかにこの楽章の表向きの調にすぎない変ホ長調を再び離れ、ほんの少し前に近親短調へ移行した時のように唐突に、下属調5変ロ長調である。「少し前に近親短調に移行した時」とは、最初のリフレイン(変ホ長調)から平行調のハ短調の第1クプレに転じた時のことである。の暖かく、寛いだ大気の中へと飛び込んでいく。悲歌と嘆きに、静かで官能的な旋律が続く(譜例338)。しかし、情感の変化にもかかわらず、それでもなお木管がその場の主役であり続け、弦の参加は、ピアノの1オクターブ下で重なることでそれに暖かみを付け加えるためのみである(原注1)。後半が開始されると短調に触れ、そしてその官能性は悲痛なまでに強まる(50~54小節)。その情感はしばらく弦で保持され、保持低音へと導き、その上をバスーン、オーボエ、そしてフルートによる快活な3度と6度が漂うが、これはクプレのパッセージの中核的音型である(図1)音型の最後のエコーである(原注2)

(原注1)48小節は単なるスケッチである(譜例339)
(原注2)読者は、この位置の推移保持音でこのパッセージの情感と非常に近い、同時期の作品である変ホ長調のピアノ四重奏曲K.493の変イ長調のラルゲットを思い出すだろう。

 一言だけ助言をしておきたい。指揮者とピアニストによっては、この第2クプレで減速し、リフレインに連れ戻すパッセージではさらにその速度を落としがちである(59~62小節)。後でピアニストがその後者を繰り返す時、tempo primo(元の速さで)に戻るが、その結果、リズムはぎくしゃくと不安定なものになってしまう。これを避けるためには、このクプレはラレンタンド(次第にゆっくりと)をしてはならず、またリフレインも速度を上げてはならない。ラルゲットの異なる部分で同じテンポを保ち、なによりも59~62小節で引きずらず、また譜例336で速度を上げないことが秘訣である。

 リフレイン全体が再述されると(原注1)、木管が2つの音型でコーダを作り上げるが、ひとつはクラリネットとバスーンの下降する音型6クラリネットの下降音型に対し、バスーンは16音符部でクラリネットと逆行して上昇するが最終音では下降する。、もうひとつはピアノの上昇する音型で、そこにオーボエの音階が交差する7コーダの最初のフルートによる上昇する音階が後半でピアノに交替するが、それにオーボエの下降音階が交差する。。弦はいまだに伴奏に徹し、最後の数小節も非常に活発なバスーンを伴ったオーボエとフルートの合の手で修飾されたピアノの領分である。

(原注1)スケッチ的なパッセージも含まれている!

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