芸術家モーツァルトの思考には無縁であるが、我々の心の中にある連想には、時折、彼のインスピレーションの要素の中に実際には存在しないものを見てしまう危険がある。19世紀教会音楽の影響が、少なからぬ現代の聴衆にこの協奏曲のアンダンテに宗教的なインスピレーションを見ようという気持ちを起こさせるかもしれない。主題には讃美歌のおもむきがある(譜例104)。しかし、その敬虔な特徴が偶然の産物以上のものであるかは疑わしい。モーツァルトがここで宗教的な作品を意図したということはありえそうになく、彼らのためにこの協奏曲が書かれた流行に敏感な聴衆も、誇り高くまた人気に気を配り、作品を自演した作曲家ともに、この作品をそのような感情の場とは考えてはいなかったであろう。しかし、このことは、一部のコンサート愛好者がこの曲の主題に、祈りと“平日の日々への日曜礼拝の反響”を聴き取ることを妨げるものではない。

 モーツァルトが父親(原注1)に、これはアダージョではなくアンダンテであると注意深く語っているこの楽章は、主題と2つの変奏それに短いコーダという形式を有する。たとえ“祈りの”という形容辞を排除したとしても、その曲調が厳粛であることを否定することはできないが、同時に素朴で純真と言ってよいくらいのものなのだ。最良のモーツァルトがここにある。それは、情熱を内に秘めた質の平穏さであり、穏やかなだけの魂の後ろ向きの静寂さよりも、より深く、豊かである(原注2)。それはモーツァルトの音楽言語において、クロイツェル・ソナタ〔ベートーヴェン;ヴァイオリン・ソナタ第9番 イ長調 作品47〕の変奏曲の主題に相応するものである。この楽章はこの有名なソナタのアンダンテと共通するものを持っている。それはそのすべての興趣は主題そのものにあり、一度のみならず愛すべき旋律を聴かせてくれるゆえに、変奏曲それ自体が喜びを与えてくれるということである。

(原注1)1784年6月9日付けの手紙
(原注2)この主題の数小節は、楽章が完成された後に根本的に書き直された。(ケッヘル‐アインシュタイン、570ページ)

 変奏は二重になっている。すなわち、主題の各半分それぞれが2度ずつ提示されるのである。それゆえ、主題とそれぞれの変奏は4つのパートで構成されている。すでに述べたが、興趣は主題の魅力にある。変奏曲それ自身は装飾的で、美しく飾り立てるものであり、変形し、変化する光を投げかけるものではなく、その最大の魅力はオーケストレーションにあるのである。

 主題の各半分は弦によって提示され、わずかに装飾を加えてピアノが反復する。最初の変奏はピアノと弦によるものである。後者は最初の半分を、和声をわずかに変えて反復するが、その上をピアノが美しいデザインの32分音符を織りなしていく(譜例105)。そして管弦は静まりピアノの右手が再び、重和音で豊かな響きが調和した主題を奏でるが(原注1)、その間左手の低音は譜例105の右手と同様のデザインを縫い取っていく。主題の第2の部分も同じように扱われる。

(原注1)モーツァルトのあまり頻繁には使わないこのような和音には、十分なウェイトを与えることが大切である。

 ピアノが第2変奏を単独で開始する。それはリズムがシンコペーションされているのを除けば、譜例104がわずかに変形されているものである。4小節目1正しくは5小節目である。で弦がそれを取り上げ、主題をもう少し自由に扱い、ピアノの右手が64分音符2原文はdemi-semi-quavers、32分音符となっているが、このフレーズは64分音符によるものであり、続いて32分音符となる。開始部は64分音符であると判断して本文を修正した。の流れるような音型の刺繍を挿入する。これまで画面外に追いやられていた木管は、順番が来たので主題を取り上げる。ピアノがアルペジオの6連符でそれを再生3原文はreproduceであるが、木管の奏する主題の旋律線に対し、ピアノの6連符はその音型最高音である5番目の音がその旋律線の音であり、木管に1拍遅れで主題旋律を再生している効果が現れている。これを「再生」と言っている。し、弦はそれを16分音符に変えたピチカートで句読点を加える。これはこの楽章の中で全てが参加するパッセージである(譜例106)。後半も同じ構想に従っているが、6連符は64分音符4前半の64分音符の「刺繍」に続く3連符フレーズは32分音符であったが、後半はこれが3連符をはずして64分音符化されている。に置き換えられている。この変奏の終結部は、木管の和音をピアノが1小節遅れで繰り返す数小節で引き延ばされる。主題と同様に、簡潔で感動的なコーダはピアノと全オーケストラによって交誦的に扱われ、その後オーボエとホルンに付き添われてピアノの高音の中に消え去るのである(譜例107)

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