『方丈記』漱石訳とキーン訳の比較 本稿の目的

ドナルド・キーン訳『方丈記』を収録する
Anthology of Japanese Literature(TUTTLE)

 

『方丈記』漱石英訳の価値

 われわれはすでにこのサイトで、夏目漱石が英訳した『方丈記』を読み、さまざまな疑問点を取り上げ、また漱石英語の特質を見ようと努めました。その英訳は、明治時代という方丈記研究の上でもまだ十分な注釈書などは無い時代であり、また当時東京帝国大学生だった漱石の翻訳したものです。当然そういう意味での制約もあり、そのようなことから起る疑問についても検討を行いました。
 しかし漱石訳の価値はそのような些事を超えたところにあると感じています。それは後の大文学者、漢詩作者、俳人となる漱石の若き日の文学的感性が、方丈記という材料を通して、その英語訳に表れているところにこそある、と信じます。

ドナルド・キーンの『方丈記』英訳

 『方丈記』にはドナルド・キーン氏の英訳もあり、氏の編集したAnthology of Japanese Literatureに収録されています。キーン氏の日本古典作品英訳では、『おくのほそ道』をこのサイトでも取り上げていますが、それは逐語訳をベースとした、極めて誠実な訳でした。その姿勢は『方丈記』の訳においても変ることはありません。
 われわれは、漱石訳をこのキーン訳と比較することにより、漱石がなぜそのような訳を選び取ったのか、また、その独特の英語のスタイルがどこにあるのか、さらに明確にすることができるのではないか、と考えました。

本稿について

 本稿は、原文、漱石訳の順に掲載しています。使用した原本は、

原文:角川文庫版『方丈記』 梁瀬一雄訳注
漱石訳:昭和42年刊 岩波書店漱石全集 第十四巻
キーン訳:TUTTLE刊 Anthology of Japanese Literature 所収 An Account of My Hut

 方丈記原文や、キーン訳には、段落分けはありませんが、便宜的に漱石の用いた段落分けを使用しました。

残った課題

 漱石英訳の特性を明らかにすることが、この比較検討作業の出発時における目標でした。しかしながら、キーン訳と比較する作業を通して、それぞれの英訳の細部に対する疑問、また漱石訳に対しては前回の作業で見落としたものなど、さまざまな検討しなければならない事項が出てしまいました。したがって現時点では、当初の目標が十分に達成できたということは言えない段階です
 この点については、SU氏が今後もそのブログで随時取り上げていくことになっています。

 

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